スポーツ競技を真剣に取り組むアスリートにとっては、記録の向上、大会でのよい成績を得ることが重要です。
日常のトレーニングや理論の学習などの切磋琢磨は、当然のことですが、時に、好成績を得たいがために、禁止された薬物類を用いてしまう例もないわけではありません。
もちろん、禁止された薬物塁の利用については、アンチ・ドーピングのルールなどにより厳しく処分されることになりますが、時に、ドーピングありとされたことについて、アスリート本人に責めがないのではないかという状況もありますし、情状酌量の余地がある場合もございます。
本稿では、ドーピング検査により陽性との指摘を受けたアスリートが定められた手続の中で、どのような扱いを受け、どのような争い方ができるのかを説明したいと思います。
アンチ・ドーピングの規則
競技者のドーピングを検査し、その結果に基づき処分を行う規則は、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)と日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の定めたコード(規則)によることとなります。
これらは国が定めた法律というものではありませんが、競技を行う団体・競技者が従うべきルールとなっており、ルール違反に対しては、資格停止処分など事実上大きな制裁が伴います。
WADAが定めたアンチ・ドーピングコードを基に、日本国内でアンチ・ドーピングの手続を推進する機構がJADAであり、JADAが定めるアンチ・ドーピングコードは、WADAのコードの日本国内実行版と言えるでしょう。
全ての競技団体がJADAに加入しているわけではありませんが、加入していない団体も独自のアンチ・ドーピング規程を設けたりしています。
厳しい規則
アンチ・ドーピングの規則には、禁止行為が11の類型ごとに定められています。
この類型の一つ一つは、JADAのホームページより参照することができます。
本稿では、一番多く問題となる類型である「採取した尿検体や血液検体に、禁止物質又はその代謝物若しくはマーカーが存在すること」に触れます。
これは、大会の際の検査や抜き打ち検査などで得られた検体から禁止物質の陽性反応が出た場合を対象とします。
厳しいのは、上記の書き方で、「故意・過失により」という記載がないことです。
このため、使用した薬物に禁止物質が含まれているのを知らなかったりしたとしても、検査結果が陽性である限り、上記の規則違反となります。
治療のための例外
禁止されている物質は、医薬品として用いられるものも多々あります。
アスリートが怪我や病気の治療のために必要にもかかわらず、競技の資格を維持するために、上記薬物を用いられないとすれば問題です。
そこで、このような場合には、治療目的使用にかかる除外措置(TUE)という例外の扱いがあります。
事前に、上記の措置を求めておけば、禁止物質の服用をしていたとしても、規則違反には問われなくなります。
重い制裁
禁止物質陽性となった場合、大会における検査であれば、その大会の記録や成績が失効し、メダルがはく奪されることとなります。
また、抜き打ちでも、大会に影響を及ぼしたということがあれば、その大会の記録や成績が無効になります。
しかし、何よりもアスリートにとって重い制裁は、資格停止処分でしょう。
4年、2年といった長期間になりますので、選手生命の短いアスリートにとっては、致命的なことにもなりかねません。
他に、賞金の返還や団体競技であれば3名以上の違反があればチームの成績が取り消される場合もあります。
禁止物質と資格停止期間
禁止物質は、次の3種類に分類されています。
まず、特定物質は、医薬品でよく用いられるものであったり、大会記録向上のドーピング目的として用いることが余り多くない物質が定められています。
こういった物質については、アスリートの帰責性が低いと考え、原則、2年の資格停止処分となります。
ただし、JADAが意図的に上記物質を摂取したのだという証明をできれば、2年でなく4年となります。
特定物質にあたらない物質は非特定物質になります。
非特定物質は、その性質上、大会記録向上のために用いられることが強く推認されるため、原則4年の資格停止処分となります。
ただし、アスリート側が意図的に摂取したものではないことを証明できれば、2年となります。
2021年から、濫用物質という類型ができました。
コカイン、ヘロイン、MDMAなどです。
大会とは関係のない利用で、競技力の向上と無関係という立証をアスリートができれば、わずか3か月の資格停止期間で済みます。
濫用物質の治療プログラムを受けた場合は、1か月に短縮される場合もあると規定されています。
ただ、これらの薬物は、日本において刑事特別法上、使用が制限されていますから、資格停止処分以前に、かなりの社会的・法的制裁を伴います。
上述した資格停止期間は、後述する聴聞会などの審査の結果、加重、軽減、取消されることもあります。
陽性となったら-Bボトルの検査要求
ドーピング検査が陽性となった場合の流れと争われ方は次のとおりとなります。
国内水準の競技者で国内の大会の場合での説明になります。
ドーピング陽性となると、アスリートに通知がなされます。この際、確定ではないのですが、暫定的資格停止処分がなされることになります。
上記通知を受けたアスリートは、検査の際、2つの検体を提供することになっているので、検査されていないもう一方のボトル(Bボトル)の検査を要求できます。
結果、Bボトルの検査結果が陰性であれば、ドーピング違反とはなりません。
なお、Bボトルの検査費用は、アスリートの負担になります。
アンチ・ドーピング規律パネル
Bボトルの検査も陽性、又はBボトルの検査を要求しない場合、独立した日本アンチ・ドーピング規律パネル(以下、規律パネル)というところで、聴聞会が開かれます。
さながら裁判と似たようなものですが、この場所で、アスリートは、自らに有利になる事情を主張立証し、制裁の取り消しや軽減を求めていくことになります。
なお、早期の自認や和解のようなもので、聴聞会を開くことなく終了する場合もあります。
これらは、自ら早期に認めることで、資格停止期間の短縮の効果を得ることができます。
重大な過誤・又は過失がないことの立証
規律パネルでは、上述した意図的であるかないかの立証が争われるほか、「過誤又は過失がないこと」や「重大な過誤又は過失がないこと」が争点となることがあります。
前者の立証にアスリートが成功した場合、資格停止期間は取消となりますが、「過誤又は過失がない」とは、かなりの極限事例となります。
と言うのも、ビタミン剤・栄養補助食品の誤表記による摂取、アスリート関係者(医者、トレーナー、家族)などからの投与によっても、アスリート個人に自覚がなくとも、過誤がないとは言えないとガイドされているからです。
一方、後者の「重大な過誤又は過失がないこと」の立証にアスリートが成功した場合、資格停止期間のない譴責処分か最長で2年の資格停止に軽減されます。
前者で否定された事例は、状況によって、後者の重大な過誤又は過失がないことに相当するかもしれません。
ただし、後者の軽減の適用については、特定物質で特定方法の場合などに限るといった要件が定められておりますので、用いた薬物や方法を検討しなければなりません。
規律パネルの決定に対する不服は
上述した規律パネルが下した決定に対する不服は、決定受領後21日以内にスポーツ仲裁機構に仲裁申立書を提出して、行うことができます。
スポーツ仲裁機構のことについては、別のブログで触れておりますのでご参考下さい。
スポーツ仲裁機構での決定に対し、アスリートは不服申立ができません。
なお、国際大会・国際レベルのアスリートの不服申し立ては、スポーツ仲裁機構でなく、スイスのローザンヌにあるスポーツ仲裁裁判所(CAS)にしかできません。
常日頃の注意が必要
このように、ドーピングの対象とされる禁止物質は、日常市販されるサプリメントや医薬品にも含まれている上、規則違反に故意・過失が要件とされていません。
このため、一たび、陽性とされると、アスリート側で過誤又は過失がないこと(重大なものも含みます。)や体内侵入経路などの立証を要するという大きな負担を負います。
これができても、資格停止期間の軽減に止まることも多いかもしれません。
したがって、アスリートとしては、禁止物質に明るい医師・薬剤師との連携、日常、摂取するものや口にするものへの知識の充足と入念な慎重さなど、禁止物質摂取の水際対策に努めることこそが最大の防御になると言えましょう。
※スポーツをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
併せて、ご閲覧下さい。
「スポーツ観戦中のケガと損害賠償‐ファウルボール訴訟からわかること」
「スポーツチーム活動を手伝った保護者が責任を問われることも」