スポーツ観戦中のケガと損害賠償‐ファウルボール訴訟からわかること


 

 「ファウルボールにはご注意下さい!」

 

 プロ野球観戦に行かれる方は、こういったアナウンスをよく耳にされているのではないでしょうか。

 プロ野球で用いられるボールは硬式球で大変固いものです。

 軽く投げて体に当たっても痛く感じられますが、これを鍛えられたプロ野球選手がバッティングして、鋭い打球となった場合、直撃するとケガを被ることは容易に想定できるのではないでしょうか。

 

 スポーツ観戦は、鍛え抜かれたアスリート達が競技する場面を現場で観戦して、その生の迫力や臨場感を含め、楽しむものです。

 しかし、生で楽しむものであるが故に、その競技に潜在する受傷の危険性というものに観戦者も晒されることを考えなければなりません。

 

 こういった問題が先鋭的に訴訟という形で現れ、近年における裁判所の考え方が示された事件がファウルボール訴訟です。

 今回は、本訴訟の内容や裁判所の判断から、スポーツ観戦者のケガに関して、損害賠償の可否の線引きや基準がどこにあるかを見ていきたいと思います。

 

ファウルボール訴訟とは


 平成22年8月21日、札幌ドームで行われた日本ハムファイターズ主催の公式試合(対西武ライオンズ戦)で、同球団の小学生の無料招待に同伴していた野球に関する知識があまりなかった保護者(1塁側内野席)に、打者の打ったライナー性のファウルボールが右目部分に直撃し、右眼球破裂等の傷害を負い、失明するという大変痛まし事故が起こりました。

 

 なお、本件において、2.9メートルのラバーフェンスが設置されておりました。

 公益財団法人日本体育施設協会が作成した「屋外体育施設の建設指針(平成24年改訂版)」では、バックネットの延長上に外野席に向かって高さ3メートル程度の防球柵を設けるものと定められており、通常のガイドラインで必要であるとする3メートルの高さにわずか足りない程度のフェンスがありました。

 なおかつ、場内では、ファウルボール発生時の警笛等の対応がなされていたという状況でした。

 

 この被害に対し、被害者の方は、札幌ドームを所有している札幌市、同市から管理を委託していた札幌ドーム社、そして、同ドームで試合を主催していた日本ハムファイターズを相手どって損害賠償請求を起こしたのです。

 地裁・高裁と争われました。

 

 結論として、地裁(平成27年3月26日札幌地裁判決)・高裁(平成28年5月20日札幌高裁判決)ともに、被害者の損害賠償請求を一部認める判決を出すのですが、その理屈は、異なっており、高裁の方で地裁よりも損害賠償額が減額されています。


プロ野球観戦の本質である臨場感を酌まなかった地裁

 地裁判決の大きな特徴は、球場で安全設備等を設置すべき基準として、どのような観客を想定するかというところで、野球の知識や関心のない観客の存在にも留意しろとしたところです。

 ファウルボール等が観客席に飛来することにより生じる観客の生命・身体に対する危険を徹底して防止するための安全設備を設けるべきとしました。

 

 訴えられた球団側は、「視認性ないし臨場感を確保すべきことは野球観戦における本質的な要素で、必要以上に安全設備を設けることは、プロ野球観戦の魅力を減殺させ、ひいてはプロ野球の発展を阻害する要因と」の主張していたようです。

 

 しかし、これについて、地裁は、「視認性や臨場感を優先する者の要請に偏してこれらの設備や対策により確保されるべき安全性を後退させることは、プロ野球の球場の管理として適正なものということはできない。」として切って捨てています。

 そして、札幌「ドームに設けられていた安全設備等の内容は、本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いていたものであって、工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があった」とし、札幌市、札幌ドーム社及びファイターズの損害賠償義務を認めました。


臨場感に一定の配慮を示した高裁


 一方、高裁は、安全設備等を設置すべき基準として、どのような観客を想定するかという点で、地裁と異なり、ファウルボールから生じる危険について、「自ら積極的にプロ野球の試合を観戦するために球場に行くことを考える観客にとっては、通常認識しているか又は容易に認識し得る性質の事項であると解され、観客は、相応の範囲で、プロ野球というプロスポーツの観戦に伴う」危険を引き受けて観戦にきているとしました。

 すなわち、野球知識や危険性を把握し得る大多数の通常の観客としたのです。

 

 それとともに、プロ野球観戦の本質論のところでも、これが持つ臨場感や視認性に理解を示して、上述した球場の安全設備・対策について、「通常の観客を前提とした場合に、観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており、社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。」としました。

 一定の臨場感や視認性を失わしめるほどにまで徹底した安全対策を施す必要はないとしたのです。

 

 上述したとおり、フェンスの高さが一定のガイドラインに従っており、警笛等でファウルボールへの注意喚起を促していたこともあり、高裁の考えからすれば、球場そのものが通常取るべき安全対策義務は果たされていたということになります。

 したがって、施設上の瑕疵がないことから、ドームの所有者と指定管理者である札幌ドーム社の損害賠償義務はないとされました。


 しかし、ファイターズに対しては、主催者として、損害賠償義務が課されました。

 ファイターズは、興行の主催者として、観客との間で、野球観戦契約なるものを結んでいることになりますが、この契約に明記はされないものの、信義則上に付随して発生する観客に対する安全配慮義務を負い、この義務を尽くさなかったため、損害賠償責任を負うとされたのです。

 

 球場に瑕疵はないのになぜと感じるかもしれませんが、理屈としてはこうです。

 ファイターズの小学生を保護者同伴で招待するという企画に着目し、こういった企画で訪れる観客には、全く野球に知識のない観客もいることが想定できるとして、同企画に参加する観客に対し、ファウルボール飛来の危険が低いような座席や事前の注意喚起の徹底をファイターズがすべき義務があるとしたのでした。


 ただ、高裁の理屈からすれば、このような企画とは関係なく、自ら座席を選択購入し、観戦に赴いたケースでは、球団にも損害賠償義務が発生しないという結論に近づくようです。

 実際、そういうケースだった場合、今回の理屈でもって、裁判所が被害者の請求を棄却する判断に達するであろうかは、大変興味深いところです。

 

迫力ある観戦と安全の板挟み

 

 上述した裁判例を見れば理解して頂けるとおり、スポーツ観戦に伴って競技トラブルに巻き込まれた観客の事故には、臨場感や迫力といった観客がスポーツ観戦に求める醍醐味と観客自身の安全という2つの目的の間で大きなジレンマがあります。

 

 ファウルボールの事例で言えば、完全に安全にするのであれば、フェンスを高くしたり、防球ネットを張り巡らしたりするということになりますが、このような状態で行われるプロ野球観戦が視認性や臨場感を失い、本来、それが有すべき魅力を失ってしまうのは、誰でも容易に理解して頂けると思います。

 

 このため、スポーツ興行を行う主催者であったり、スポーツ競技場の所有・管理者は、どこまでの臨場感を重んじ、その一方で、どこまでの観客の安全対策を図るのか、非常に難しい判断や対応を迫られているものと言えます。

 

観客も危険の引受の認識を

 

 高裁の判断が示しているとおり、スポーツ観戦の観客は、その臨場感や迫力を体験するために、一定程度の危険については、事前に引き受けをした上で、スポーツ観戦に臨んでいるものと想定されています。

 したがって、引受が想定されている臨場感や迫力と表裏一体で発生せざるを得ない危険性から生じた事故については、施設管理者や興行主に責任がなく、損害賠償義務を求めることができないとされることも予測されます。

 

 実際、札幌の裁判所の事案以前に、仙台での裁判所で行われたファウルボール事故のケースでは、通常備えるべき安全性を備えていたとして、観客からの損害賠償請求を認めないという結論に至っているものもあります。

 このため、興行側において、危険の喚起・周知が求められるものの、スポーツ観戦を行う観客の側としても、観戦に伴い、一定程度の危険が伴うものであることや、競技の行く末について目を離し過ぎないよう注意を払っていくことが求められていると考えられます。

 小さいお子さんなどを連れて、スポーツ観戦に赴く方であれば、なおさら、その感を強くせざるを得ません。

 

 なお、昨今、よく見られる、フェンスなどなく、フィールドに近い座席を提供するボールパークやサッカースタジアム、昔から見られる大相撲のタマリ席(砂かぶり)などは、いつボールが飛んできたり、巨漢の力士が転がってきたりするか、予測のできない状況です。

 このような座席が高い危険性を伴うものであることは、一目両全でありますから、これら座席を選択する観客側にも、かなり高度な危険の引受があったとみなされる可能性は高いと言えるでしょう。

 

※スポーツをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
 併せて、ご閲覧下さい。

 

 「スポーツ仲裁とは一体どんな手続?」

 「プロ野球の年棒制とは」

 「スポーツ選手のスポンサー契約について」

 「ドーピングを指摘された競技者が争うには」

 「スポーツ中の頭部外傷事故に責任は問えるか」

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2019年11月21日