プロ野球の年棒制とは

 

 今年の日本シリーズも終了して、プロ野球選手の契約更改であるとか、年棒であるとかの話題も紙面をにぎわせる季節となってきました。

 

 ところで、プロ野球選手が毎年行っている年棒の契約について、漠然と記事を見ている方も多いと思いますが、実際、どういう仕組みになっているかを観察してみると、興味深いものが見えてきます。

 

 今回は、プロ野球の年棒制及びそれに関するプロ野球業界の自主的協約の特徴を見てみたいと思います。

 

プロ野球選手の契約の建前

 

 プロ野球選手が球団とする契約は、選手が個人事業主という立場で、各年、契約するものだとされています。

 実際、プロ野球選手が確定申告時期に税務署に訪れて申告する姿が報道で流されるのを見た方もあるのではないでしょうか。

 

 このように、プロ野選手は労働基準法の適用を受けない個人事業主という扱いを受けますが、個人事業主のように指揮監督関係下にないと言いきれるかと言えば、全くそういうものでもないようです。

 このため、プロ野球選手について、純粋に雇用契約の適用がないと言ってよいかという点については所論あります。

 

年棒をめぐる協約

 

 球団とプロ野球選手の年棒の取り扱いに関しては、プロ野球の日本プロフェッショナル野球協約(以下「プロ野球協約」といいます。)が中心的に規律しています。

 この協約は、毎年、修正等が施されていますが、プロ野球選手会のホームページから公表されている2017年度の協約において、年棒について、概ね次のとおりの定めがされています。

 

統一契約書の利用 (プロ野球協約第45条)

 統一契約書や協約の趣旨に反する特約は無効とすることとされています(プロ野球協約第48条)。

 ただし、「協約の規定及び統一契約書の条項に反しない範囲内で」特約条項を設けることは問題ありません。

 

 ここで触れられている統一契約書では、選手と球団の契約は単年契約とされています。

 一方で、報道などでは複数年契約でサインといった見出しが躍ることがあります。

 

 実際、球団においては、人気や実力のある選手の囲い込み、選手としては、安定した年棒の維持というモチベーションがありますので、双方間で複数年契約の合意をすることはあります。

 しかし、統一契約書上は、単年とされていますので、複数年契約であるとしても、選手と球団は、毎年、単年の契約書にサインをするようです。

 

年棒の最低限保証

 支配下選手の最低年棒額は2017年度において420万円とされています(プロ野球協約第89条)。

 ちなみに、年棒については、協約上、正式名称を「参稼報酬」としています。

 

更改年棒の減額制限

 更改年棒の減額制限という定めがあり、1億円越えの選手は、40%まで、それ以下の選手は、25%までとされております(プロ野球協約第92条)。

 ただし、選手の同意があれば、それ以上の減額も可というのがミソです。

 選手に首肯させることができれば、制限はないに等しいということになります。

 

 球団が制限以上の減額を行う場合、球団は選手の保有権を放棄することとなっており、選手は自由契約の身となりますが、その球団に在籍したいと考える選手であったり、自由契約となっても行き場がない選手であったりすれば、球団から提示される上記制限以上の減額にも同意せざるを得ないのではないでしょうか。

 

 また、1億円以下は一律25%というのも、少額年棒の選手にとってはキツイでしょう。

 9900万円の年棒の選手と1000万円の年棒の選手では、同じ25%の減額でも、実生活に対する影響は大きく異なると思われます。

 もう少しきめ細かな分類が必要ではないでしょうか。

 

調停の手続はあるが

 

 契約更改で話が難航している場合、プロ野球協約では、調停の制度が定められています(プロ野球協約第94条)。

 調停といっても、裁判所の調停手続とニュアンスが異なります。

 

 同協約第96条では、「参稼報酬年額を記入する箇所のみを空白とし、当該選手と球団が署名した統一契約書を提出しなければならない。この時点で当該選手は参稼報酬のみ未定の選手契約を締結した選手とみなされる。参稼報酬調停委員会は、コミッショナーが調停の申請を受理した日から30日以内に調停を終結し、決定した参稼報酬額を委員長が統一契約書に記入後、所属連盟に提出する」とされております。

 

 一応、話を聞いて調整を試みるものの、任意の合意に達しなければ、調停委員会が決定した参稼報酬額で契約が成立するとあります。

 話合がまとまらなければ調停不成立となる民事調停とは大きく異なります。

 

 また、そもそも、調停委員会を構成するのはコミッショナーとされてもいますし(プロ野球協約第95条)、第三者性に配慮していると言われてはいますが、結論として、球団側に忖度しがちになるのではないでしょうか。

 実際、調停で大幅アップしたという事例もあるようですが、選手側が調停にまで持ち込んで、球団提示からの大幅アップを期待するのは通常難しいように思われ、契約更改において球団側に大きく譲歩しなければならない場面も多いのでしょう。

 

契約更改がずれ込むと

 

 契約更改の交渉時期は、翌シーズンを見据えて、漸次、開始しますが、通常、終期の目途は翌シーズンの年の1月9日までが基本です。

 基本的な契約更改の交渉期間を1月9日までとしたのは、なぜかというと次の事情があります。


 プロ協約第71条では、契約更改の交渉を行ういわゆる契約保留選手に対する保留(契約更改未了)が1月10日以降に及ぶ場合、「選手の前年度の参稼報酬の365分の1の25パーセントを1日分として、契約保留手当が経過日数につき日割計算で1か月ごとに支払われる。なお、選手契約が締結されたときは、既に支払われた契約保留手当を参稼報酬より差引くものとする。」として契約保留手当を支払うことになっています。

 

 契約交渉を長引かせて、上記手当に関する手続を取る事態に至ることを避けたく、球団側も選手側も1月9日までを一つの目処として契約更改の合意を目指すことになるようです。

 

 また、2月1日以降になると、キャンプインが始まってしまいます。

 契約が合意に至るまで、自腹でトレーニングしたりすることになりますし、キャンプインに出遅れることで、新シーズンにも大きな影響が及ぶ可能性があります。

 

 稼働期間や全盛期の期間に限りがあるプロ野球選手としては、このようなところでつまずいているわけにもいきませんから、自ずから、契約更改については、強気に出にくい部分があります。

 

登録制の代理人

 

 ところで、契約更改と言えば、来シーズンの契約内容や年棒を話し合うという法律行為の交渉事であるので、弁護士が職務を遂行できる事項です。

 通常の事案であれば、単に弁護士が依頼者から委任を受けることで、相手方との交渉がスタートするのですが、プロ野球の場合は、制約があります。

 

 プロ野球では、選手会において、登録制の公認代理人制度というものを設けております。

 そして、球団側の要望で、プロ野球選手が契約更改で公認代理人をつけて交渉するためには、一定の取り決めがあります。

 概ね、次のとおりです。

 

 ・プロ野球選手の代理人は、事前に選手会公認の登録をすること

 ・日本人のプロ野球選手の代理人は弁護士に限ること

 ・プロ野球選手の代理人は、一人の選手の代理人にしかなれないこと

 ・初回の交渉は、選手も同席、二回目以降の交渉も球団側の合意がないと代理人のみでの交渉が不可


 報酬を得て法律行為の代理を行う業務は、基本、弁護士しかできないものなので、資格を弁護士に限るのは理解できます。

 

 しかし、一人の弁護士が一人の選手の代理人にしかなれないという点は、かなり制約が強いと感じます。

 一人の弁護士が複数の選手の代理人になれるとすると利害相反の問題があるという指摘も最もなのですが、かと言って、これは、一球団内で複数の選手の代理人となる場合に限られるのではないでしょうか。

 球団が異なれば、別球団間の選手同士の利害が生じることは通常考えられないので、一球団一人の選手といった制約の方が相当ではないかと思われます。

 

 いずれにせよ、一人の弁護士は一人の選手の代理人に限るという制約がある以上、弁護士側でも、経験を積む機会は少なくなりますし、選手側にとっても、代理人選択の幅が狭まるということになるのでしょう。

 

Jリーグの仲介人制度

 

 なお、Jリーグも似て非なるものですが、日本サッカー協会の仲介人に関する規則に従い、仲介人制度というものを設けております。

 

 これによれば、やはり、登録を要しますが、仲介人となれる者は、弁護士に限定されておらず、法人も仲介人として登録できるとされています(仲介人に関する規則第3条1項、同2項)。

 日本サッカー協会の仲介人は、登録の面接を要し、年間の登録料(初年度10万円、更新年度3万円)という登録料を負担するとのことです(上記規則同条5項)。

 

※スポーツをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。

 併せて、ご閲覧下さい。


 「スポーツ仲裁とは一体どんな手続?」

 「スポーツ観戦中のケガと損害賠償‐ファウルボール訴訟からわかること」

 「スポーツ選手のスポンサー契約について」

 「ドーピングを指摘された競技者が争うには」

 「スポーツ中の頭部外傷事故に責任は問えるか」

 「スポーツチーム活動を手伝った保護者が責任を問われることも」

 

 

 

2019年10月24日