スポーツ仲裁とは一体どんな手続?

 

 

 スポーツ選手が所属する団体と、代表選考、資格停止処分やドーピングなどの決定でトラブルとなる報道を目にする方も多いのではないでしょうか。

 スポーツ選手がこういったトラブルに至った場合、どういった方法で解決を試みるのかは、スポーツ選手のみならず、スポーツに興味のある一般の方でも関心が強いかと思います。

 

 そこで、スポーツ選手が所属団体の決定やドーピングでのトラブルを争うための機関や方法について、触れてみたいと思います。

 

 

スポーツ仲裁という制度

 

 スポーツ選手が解決する手段として、第一に挙げられるのは、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「スポーツ仲裁機構」といいます。)におけるスポーツ仲裁やドーピング紛争に関するスポーツ仲裁です。

 後でも詳しく説明しますが、仲裁は、当事者双方が仲裁という手続にかける合意を行うのが前提で、手続では、仲裁人という第三者が双方の言い分や証拠を検討し、仲裁人として一定の判断を下すものです。

 下された判断は最終判断として当事者を拘束します。


他にも手段はあるが


 実際のところ、スポーツ団体の決定事項に関するトラブルについて、裁判所を用いて争うという手法もあるにはありますが、裁判官は、各種スポーツの特性や競技団体の決定の妥当性を判断することには慣れておりませんし、司法権である裁判所は、団体内部の私的自治を尊重し、部分社会の法理という理屈や、法律上の争訟でないという理屈で、この種事案を却下してしまうことも多くなっています。

 法律上の争訟であると認められたとしても、裁判所の手続となれば、やはり、時間がかかり、出来る限り迅速な解決を望むというスポーツ選手と団体間の選手選考などのトラブル解決には適していません。

 

 また、スポーツの仲裁については、以前から、スイスにあるスポーツ仲裁裁判所(CAS)がありましたが、いかんせん、国外にあり、翻訳の問題や旅費等の費用の問題もあり、国内の事案に関わらず、日本のスポーツ選手側でこれを用いるのは大変不便であり、ハードルが高いという事情もありました。


 これらの背景があったため、2003年、スポーツ仲裁のためのスポーツ仲裁機構が設立されるに至ったということになります。

 スポーツ選手にとっては、画期的なことだったでしょう。


スポーツ仲裁の種類

 

 スポーツ仲裁機構が提供している仲裁手続については、大きく分けて種類が4つあります。

 

 まず、①スポーツ仲裁で、「スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が行った決 定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、競技者等が申立人として、競技団体を被申立人と」するものです。

 対象となる競技団体は定義によって限定されています。

 「一 公益財団法人日本オリンピック委員会
  二 公益財団法人日本体育協会
  三 公益財団法人日本障害者スポーツ協会
  四 各都道府県体育協会
  五 前4号に定める団体の加盟若しくは準加盟又は傘下の団体」

 (スポーツ仲裁規則第3条1項)

 

 次に、②ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁です。

 その名のとおり、ドーピングに関する紛争を仲裁する手続です。

 ドーピング検査で陽性の結果などが出て、日本ドーピング防止規律パネルの聴聞会を経て、資格停止や記録取消などの制裁を受ける事例というのがあるのですが、こういった事例で、処分の不服を申し立てるための手続きです。

 申立できるのは、ドーピングで処分された選手が基本となりますが、国際競技大会における競技会で発生した場合、又は、国際水準の競技者が関与した場合は、上述したCASに不服申立するしかありません。

 また、世界ドーピング防止機構(WADA)や国際競技連盟(IF)といった団体が申立人となることもでき、制裁の不適切性を逆に争ってくるパターンもあります。

 ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁の判断に対しては、上述したCASに不服申立ができることになっていますので、この点においては、当事者を終局的に拘束するものではありません。

 

 なお、日本女子プロゴルフ協会実施のドーピング検査については、特別に、日本女子プロゴルフ協会ドーピング紛争仲裁という手続が設けられています。

 

 その他、③加盟団体スポーツ仲裁④特定仲裁合意に基づくスポーツ仲裁といった手続もあります。

 前者は、公益財団法人日本オリンピック委員会などの加盟団体が申立人となり、加盟している競技団体を相手方として仲裁を求める手続で、後者は、相手方を競技団体に限らず、スポーツに関する紛争であればなんでも仲裁の対象にすることができるとされています(ただし、双方に特定仲裁合意が必要。)。

 

 以下では、最もオーソドックスな手続であるスポーツ仲裁手続を中心にしながら、具体的な手続について見てみたいと思います。


仲裁の申立期限

 

 日本スポーツ仲裁機構に対する仲裁申立は、「申立人が申立ての対象となっている競技団体の決定を知った日から6ヶ月以内に日本スポーツ仲裁機構に到達しなければならない。」(スポーツ仲裁規則第13条1の1)とされています。

 

 また、団体が決定を公表した日、決定をスポーツ選手に発信した日から1年を経過しても、仲裁申立はできなくなります(同規則第13条1の2)。

 単純に、知った日だけでなく、選手が知らなくても徒過する場合がありますので、注意が必要です。 


 更に、後述するスポーツ調停が前置する場合は、調停の受理通知の発信日から期間の進行が停止します。

 調停に相手方が応じない場合、調停がまとまらなかった場合、仲裁申立の期間の進行が再開しますが、最低限1か月の仲裁申立の猶予が与えられることになっています(スポーツ仲裁規則第13条の2)。

 

 なお、ドーピングに関する紛争の仲裁手続の申立は、「申立ての対象となっている決定を受領した日から21日以内に、日本スポーツ仲裁機構に到達しなければならない。」(ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁規則第15条1項)とされています。

 

 日本女子プロゴルフ協会ドーピング紛争仲裁の申立は、「申立ての対象となっている決定がされた日から14日以内に、日本スポーツ仲裁機構に到達しなければならない。」(日本女子プロゴルフ協会ドーピング紛争仲裁規則第13条)とされています。

 「決定を受領した日」でなく、「決定がされた日」から14日以内という点には注意が必要です。

 

仲裁合意の必要性

 

 スポーツ仲裁機構にスポーツ仲裁を行ってもらうには、相手方とする団体が定義で限定された団体であり、同団体がスポーツ仲裁に応じる旨の合意をすることが前提です。

 団体によっては、それぞれの規約において、スポーツ仲裁機構の仲裁に応じるとの条項を入れているものもあり、これを「自動応諾条項」といいますが、この条項があれば、スポーツ仲裁に応じてもらえるとの予測ができます。

 しかし、それ以外の団体については、個別の合意をしてもらえるかという問題になってきます。

 

 ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁については、公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が制定した日本ドーピング防止規程に基づいてJADA及び日本ドーピング防止規程を受諾しているすべての団体によって下された決定について、選手はこの仲裁手続を利用出来ることになっています。

 

仲裁の手続の概要

 

 スポーツ仲裁の手続は、通常、申立人と相手方がそれぞれ仲裁人候補者リストから1名ずつを選び、選ばれた2名が別の1人の仲裁人長となる人を選び、合計3人の仲裁パネルを構成して手続を進めます。

 この仲裁パネルを通して、双方、主張や証拠書面などを提出し合い、判断に至るという流れです。

 

 手続の中では、審問と言う手続を開いて、裁判所の裁判さながら証人尋問のようなことを行うこともあります。

 審理終結後、3週間以内に判断が示されるため、迅速な判断を受けることが可能です。

 

仲裁結果公表の有無


 スポーツ仲裁自体は非公開で審理されますが、判断について、申立人は匿名、相手方団体は実名で公表されることになります。

 日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断集に掲載されます。

 著名な事案などでは、匿名とは言え、事実上、特定されることに近くなりますので、この点は覚悟する必要があります。

 

緊急仲裁という手続も


 特別に緊急性を要する事案については、仲裁人を1人のみとし、審理終結後即日で判断を示す緊急仲裁という手続も設けられています。

 仲裁人は、スポーツ仲裁機構が選定することになります。


スポーツ調停というメニューも

 

 仲裁は、仲裁パネルが一定の判断を行い、当事者がその判断に拘束されるという手続ですが、スポーツ仲裁機構は、仲裁以外に、スポーツ調停という手続を準備しています。

 

 スポーツ調停についても、当事者間に調停を行うという合意が必要です。

 また、調停というとおり、話合を行い、和解の余地を探るもので、合意に達しなければ解決とはなりません。

 

 しかし、和解になじむ事案というものもありますし、スポーツ仲裁は対象となる競技団体が限定されていますが、スポーツ調停については、選手に関する決定、処分等を行うあらゆる競技団体を含むとされていますので、相手方の同意があり次第、広く利用可能性があるものとなっています。

 

手続費用支援の制度

 

 スポーツ仲裁の仲裁判断集を見て頂くとわかるとおり、スポーツ仲裁の申立人である選手側も代理人弁護士を就けていることが目に留まります。

 これは、スポーツ仲裁の判断に至る経緯が、主張や立証、競技団体の規程の適用や手続違背の検討など、民事訴訟で行う主張・立証方法や解釈運用といった思考方法と似通っているため、弁護士に委任して仲裁に臨むことが、自らの言い分をよく伝えることができるといった事情があるからです。

 

 ただ、弁護士を就ける以上、弁護士費用がかかるところであり、スポーツ選手の懐事情によって、専門家による支援が受けられないのは望ましくありません。

 

 そこで、スポーツ仲裁機構は、審査を要しますが、スポーツ仲裁機構が管理するすべての仲裁及び調停の手続において、30万円を限度とした手続費用支援の制度を設けています。

 

※スポーツをめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
 併せて、ご閲覧下さい。

 

 「プロ野球の年棒制とは」

 「スポーツ観戦中のケガと損害賠償‐ファウルボール訴訟からわかること」

 「スポーツ選手のスポンサー契約について」

 「ドーピングを指摘された競技者が争うには」

 「スポーツ中の頭部外傷事故に責任は問えるか」

 「スポーツチーム活動を手伝った保護者が責任を問われることも」

 

 

2019年10月10日