医療法人の支配権争いについて

 医療法人の運営を行っていくにあたって、代表者となる理事長の地位は重要です。

 医療法人の大部分は社団医療法人となっていますが、この社団医療法人、小規模な法人であれば、通常、出資者であり、構成する社員であり、運営する理事長であったりは、同一人物がなっており、特に、その支配体制に大きな影響がありません。

 

 しかし、複数の社員で構成される医療法人であったり、主たる出資者が死亡して相続が発生したりするなどした場合、医療法人の支配権の争いが生じることが起こり得ます。

 

 医療法人の支配権に争いが生じた場合にどのような手続が取られ、支配権を奪われた立場の側としてはどのようなことができるでしょうか。

 

 

理事長の解職と新たな理事長の選出

 

 医療法人は、社員総会で選任された理事の合議体である理事会で選任された理事長(医療法人の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する(医療法第46条の6の2の第1項))が代表者となって、医療法人を運営していきます。

 したがって、医療法人の支配権の争いとなる場合、まず、考えられるのは、現理事長の解職と、これに代わる新たな理事長の選出です。

 

 理事長の解職及び選出は、理事会の決議事項となりますので(医療法第46条の7第2項3号)、理事会を開かなければなりませんが、理事会を招集できるのは、現理事長になりますし、その他の理事が理事長に理事会の開催を求めるにしても、定款に従って理事長に招集請求をしなければなりません。

 

 しかし、現理事長相手に、理事会を開きたいと正攻法に申し入れるのは、なかなか難しいものです。現理事長は、その時点で察知して、解職を防ぐための行動に出るかもしれないからです。

 そこで、多くの事案では、定期に開催される理事会などにおいて、その他の理事が現理事長解職の動議を出して、解職の決議を取る流れが多いかと思います。

 

 理事長は、理事会の議長を務めることになっていますが、自らの解職を求める決議の議長を務めたり、議決に参加することはできません。

 したがって、解職の動議が出された場合、議長を別の理事に交代した上で、現理事長を議決数に加えずに手続を進める必要があります。

 理事長を解職するには、過半数の決議となります。

 

 現理事長を解職した後、新たな理事長を選任する決議を取りますが、こちらの決議については、解職された理事長も数に加えなければなりません。

 新理事長の選任についても、過半数の決議となります。

 

 理事長であった者が病院の管理者であることも想定されます。

 管理者の選任は、理事会の議決事項となりますので、その場合は、理事長の解職・選任のみならず、管理者の解職・選任も併せて行うことを検討しなければなりません。

 

 なお、理事長については、資格要件があり、原則、医師又は歯科医師でなければなりません(医療法第46条の6第1項)。

 そのため、新理事長の候補は、資格要件を満たす人を選ばなけばなりません。

 

理事のままでいさせるのか

 

 現理事長の解職を行ったとしても、任期中であれば解職された理事長は、平の理事として残ることになります。

 また、理事長に選任される前提は、理事であることからすれば、現理事長の解職といった手続を取るよりも、理事長の理事としての地位自体を解任することで、理事と理事長の

地位を同時に外すことができます。

 

 そこで、現理事長について、理事から解任する手続方法となりますが、理事の解任は、医療法人の社員総会の決議事項となります(医療法第46条の5の2第1項)。

 したがって、現理事長を理事から解任するという内容を決議事項とする臨時の社員総会を開催する必要がありますが、理事会同様、社員総会の招集は理事長が行えることになっています(医療法第46条の3の2第第3項)。

 

 この点、その他の者が招集を求める場合となると、総社員の5分の1以上の社員が社員総会の目的である事項を示して、理事長に臨時社員総会の招集を請求する手続を取らなければならず、理事長は、この請求があった日から20日以内に臨時社員総会を招集しなければなりません。

 ただし、総社員の5分の1の割合については、定款で下回る割合とすることもできますので(医療法第46条の3の2第第4項)、定款の確認が不可欠です。

 

 別のブログでもご説明しましたが、医療法人の社員総会の議決権は、社員の頭数であり(医療法第46条の3の3第1項)、社員各自の出資持分の多寡の影響を受けません。

 理事の解任は、社員総会に出席した社員の過半数の賛同を得なければなりません。

 このため、社員総会で理事の解任を行うにあたっては、事前に社員の過半数の賛同を得ておくべく工作する必要があります。

 

 理事長の解職と異なり、理事の解任の議決において注意が必要なのは、解任決議の対象となる理事が社員である場合、当該理事は、解任決議の議決権を社員の立場で行使することができることです。

 したがって、社員として、現理事長が理事としての解任請求に対し、反対票を投じることが可能です。

 

 社員総会において、理事長の理事からの解任が決議された場合、理事長職も同時になくなりますので、社員総会後に理事会を開催して、新理事長の選任手続を行う必要があります。

 

 なお、社員総会の議長となった者は、議決権を行使することができませんが(医療法第46条の3の3第4項)、可否同数のときは、議長の決するところによるとされています(医療法第46条の3の3の第3項)。

 

解職・解任された理事長はどうするか

 

 上記までは、現理事長を解職、又は理事から解任して、支配権を得るにはどうするかという側面で手続を見てきました。

 それでは、一方で、解職・解任された理事長としては、何ができるのでしょうか。

 

 一つは、解職・解任された手続の瑕疵があるのであれば、これを主張して、理事長や理事の地位にあることを確認する訴訟を申し立てたり、仮処分の申し立てをしたりすることが考えられます。

 

 これに対し、解職・解任されたことを蒸し返すことはしないまでも、新理事長体制下となった医療法人に対し、金銭的な請求をすることが考えられます。

 大まかには、次の3点です。

 

 理事任期途中の解任による損害賠償請求

 

 株式会社の取締役同様、任期途中で正当な理由なく解任された場合、理事は、本来残されていた任期期間の役員報酬を損害賠償請求することができます(医療法第46条の5の2第2項)。

 理事としての職務に不祥事などなく、単純な支配権争いの中で理事を解任された場合、請求できる見込みがあります。

 

 退職慰労金の請求

 

 医療法人に理事の退職慰労金の規定があったとしても、原則として、理事への退職慰労金の支給には社員総会の決議が必要です。

 このため、社員総会で解任される立場の理事が、退職慰労金の支給に関する社員総会決議を得ることは難しい状況もあり得ます。

 

 ただ、社員総会での決議がないとしても、請求し得る場合もあります。 

 例えば、株式会社の裁判例などの事案と同様、医療法人と当該理事間で、理事選任時に退職慰労金を支給する明確な合意が存在し、この合意が医療法人を支配的であった社員主導の下に行われたものであるなど、特殊な事情下になされた場合、退職慰労金の請求や同金員額相当の損害賠償請求が可能となるかもしれません。

 

 社員としての出資持分払戻請求

 

 支配争いに敗れた理事は、同時に出資した社員であることも多く、医療法人への関与を諦め、同法人の社員を退社することも考えられます。

 そして、出資持分の定めのある医療法人の場合、定款上、資格を喪失した社員は、医療法人に対し出資持分の払戻請求を行うことが考えられます。

 この場合、出資した額そのものではなく、医療法人の財産の評価額に、資格喪失時点における総出資額中の当該出資社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができると考えられており、相当大きな額を請求できることもあります。

 

 なお、出資持分払戻請求に関しては、別のブログで詳細に説明しておりますので、こちらをご参考ください。

 

医師や医療法人をめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。 

 併せて、ご閲覧下さい。

 

 「医師が注意すべき転医義務」

 「医療法人の出資持分払戻請求とは」

 


 

2024年07月29日