医院や病院を営んでいる場合、個人事業主として経営されている方もいらっしゃるかと思いますが、医療法人化しているところも多いのではないかと思います。
医療法人と言っても、社団と財団の2種類があるのですが、今回は、社団医療法人に絞ったお話です。
以下、社団医療法人を前提とした内容としてお読みください。
医療法人化については、メリットもあるのですが、一方で、法人化すると医療法人運営上の手間と言うものも多々あります。
医療法人の組織運営としての話題は、また別のブログで掲載したいと思いますが、今回、取り上げたいのは、医療法人の出資者による出資持分払戻請求権についてです。
出資持分とは?
そもそも出資持分とはなんなのでしょうか。
医療法人は社員から構成されますが、医療法人設立時、社員となる者は、その財産を拠出して出資することが多いかと思います。
この社員が出資者として財産として拠出した額が医療法人に対する出資の持分となるのです。
ただ、注意が必要なのは、必ずしも出資者と社員が一致しないことです。
社員は、出資者である必要がないので、出資者ではない社員も存在しますし、出資持分を有していても、社員でない場合もあります。。
出資持分による議決権への影響
医療法人の社員によって構成される合議体が社員総会となるのですが、社員総会は、医療法人の理事などの役員の選任や解任をはじめとした重要事項を決定することができる最高意思決定機関となっています。
株式会社の場合の株主総会と似たようなものだと考えてもらえるとよいかもしれません。
ただ、株主総会では、各株主の保有株式数に応じて議決権の数が増減しますが、この社員総会については、社員は、一人一個の議決権しかなく、社員それぞれの出資持分の多寡によって、議決権の数が変わることはありません(医療法第46条の3の3第1項)。
いわゆる頭数での議決ということになります。
社員の資格喪失が生じると
出資者が社員として継続して医療法人の運営に参画している場合はよいのですが、不幸にして、社員が社員としての資格を喪失する事態が生じることもあります。
例えば、医療法人の実質的経営者と一部の社員が仲たがいをして、一部の社員が医療法人を退社することとなった場合が考えられます。
また、仲たがいなどはなくても、社員が死亡すると、定款上、社員は、死亡により資格を失うことになっているのが通常ですから、出資持分を相続した相続人が引き続き社員とならない場合も考えられます。
これらの場合、社員は資格を喪失しますが、当該社員が有していた医療法人に対する出資持分は残ることになります。
そして、定款上、資格喪失した社員は、その出資額に応じて医療法人に払い戻しを請求することができるという規定となっている法人は未だに多くあるかと思います。
持分なし医療法人へ移行しているかどうか
ところで、出資持分は、常々、問題があるものと指摘されていました。
本来、営利性を持たない性質の医療法人は、法人に剰余金が生じたとしても出資者に分配をすることができず(医療法第54条)、剰余金が蓄積していって、多額となっていきます。
この結果、利益の出ている医療法人の資産価値は、年々、増大していくのです。
しかし、いざ、社員が死亡するなどして、相続が発生した場合、跡継ぎの方が相続して引き続き医療法人を運営しようとしても、相続した出資持分の評価額が大きくなって、多額の相続税負担を強いられることがあります。
そして、上述した資格喪失した元社員からの出資持分払戻請求についても、請求を受ければ支払をしなければならないという事態が考えられます。
このような事態は、医療法人の継続的かつ安定的経営を揺るがすことになりますから、かねてから問題点が指摘されており、平成19年4月1日の改正医療法の施行により、この施行日以降設立する医療法人すべては、出資持分の定めのないものとなりました。
したがって、平成19年4月1日以降に設立された医療法人では、出資持分にまつわる問題が生じません。
ところが、平成19年4月1日より前に設立された医療法人で、今なお継続して経営されている法人もあり、こういった法人は、経過措置型医療法人と呼ぶのですが、出資持分の定めがあるままです。
もちろん、出資持分の定めのない医療法人へ移行する方法が設けられており、基金拠出型医療法人への移行、又は、基金拠出型法人でない持分なし医療法人への移行というものがあります。
従来からの医療法人は、いずれかの移行のための手続を取れば、出資持分の定めがなくなるわけですが、いずれの方法も出資者の出資持分払戻請求権を医療法人に対して放棄する形となるため、医療法人は、利益を受けたとして、みなし贈与税が課されることとなります。
このみなし贈与税の負担もバカにならず、出資持分の定めのない医療法人への移行が進んでいない医療法人も多々見られるのです。
出資持分払戻請求が行使されると
資格喪失した元社員側から出資持分払戻請求がされた場合、医療法人が当該請求者に払戻するべき額はいくらなのでしょうか。
その出資者が実際に出資した額を払戻せばいいのではないかという考え方もあり得ますが、実際はそうではありません。
医療法人の定款では、厚生労働省のモデル定款にならって、「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて、払戻しを請求することができる」と定められていることが多いと思います。
この「出資額に応じて」という文言の解釈が争われた平成22年4月8日最高裁判決があるのですが、この判例では、「退社時に、同時点における」医療法人の「財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該出資社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができることを規定したものと解するのが相当」と判示しています。
したがって、出資持分払戻請求できる額は、資格喪失時の医療法人の財産の評価額×請求者の出資持分割合ということになり、設立時からかなりの年数を経て、剰余金等の内部留保が膨らんだ医療法人にとって、その支払額がとんでもない高額となってしまうこともあります。
ただし、上記判例は、単純に全ての事案に上記計算方法による請求が認められるとするものではなく、医療法人「の財産の変動経緯とその過程において」当該出資者の「果たした役割」、医療法人「の公益性・公共性の観点等に照らすと」、出資持分払戻「の請求は権利の濫用に当たり許されないことがあり得る」としています。
このため、医療法人設立後の経緯、出資者の出資した時期、出資者の医療法人発展への関与状況や医療法人の公益性・公共性の諸事情によって、払戻請求が権利濫用となり金額面において抑制されることもあります。
出資持分払戻請求の金額評価が争われるポイントは、支払を求められる医療法人側も、求める出資者側も上記の事情をどれだけ自己に有利に主張立証できるかになってくるでしょう。
出資額限度法人について
なお、出資持分の定めのある社団医療法人であっても、出資持分を残したまま、出資持分払戻請求権や解散時の残余財産分配請求権について、その請求可能額を実際の払込出資額を限度とするように定款で定めることは可能です。
このような医療法人を出資額限度法人といいます。
こういった出資額限度法人となれば、出資持分払戻請求をされても、その支払額は実際に出資された額に止まります。
しかし、出資額限度法人への定款変更を行うには、社員総会により承認を得なければなりませんし、都道府県知事の認可が必要となります。
※医師や医療法人をめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
併せて、ご閲覧下さい。