婚姻して夫婦となる方それぞれ、それなりの収入、地位、財産がある場合、万一、離婚をした際に財産分与などで自分の才覚で得た財産がどうなるのかと懸念する方も多いのではないでしょうか。
民法は、婚姻中の夫婦が形成した財産は、特有財産でないものについては、夫婦の共有との推定を受けるとされます(民法第762条2項)。
また、収入の多寡によって、相手の婚姻費用を負担しなければならないとなっております(民法第760条)。
このため、離婚が考えられる事態となると、財産分与であるとか、別居による婚姻費用の負担で大いにもめるおそれがあります。
一方で、民法は、夫婦財産契約(第755条~第759条)という定めをおいています。
この第755条で、「夫婦が、婚姻の届け出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款に定めるところによる」とされ、次款とは、婚姻費用分担や夫婦の財産の帰属などに関するものです。
したがって、「別段の契約」である夫婦財産契約がある場合、民法の法定財産制度である婚姻費用分担や離婚時の法律上の財産分与とは別の取り扱いができるのではないかと読み取ることができます。
夫婦財産契約の成立要件や効力発生期間
夫婦財産契約を成立させるためには、婚姻前に契約内容を定めることが必要不可欠になっています。
書面を作成する必要があるか否かについては、特段の定めがない以上、口頭での合意でもいいのでしょう。
しかし、結局、形を残しておかないと、後日争いになるため、婚姻を前提とする二人が条項を詰めて、契約書を作成し、署名捺印することが基本となります。
よく、公正証書にする必要があるのかという質問がありますが、公正証書化は不要です。
ただし、公証役場で公証人に作成してもらうということで、夫婦財産契約の成立に疑義が挟まれないように予防ができますので、公正証書化も有用です。
また、夫婦財産契約の効力は、婚姻と同時に発生し、婚姻解消(離婚や配偶者の死亡など)により終了します。
なんでも定めることができるのか
夫婦財産契約において、どんな内容でも定めることができるのかについてですが、これは、制約を受けることもあります。
民法では、公序良俗に違反した契約は無効となりますが(同法第90条)、夫婦財産契約においても同様の制限が当然にかかることになります。
例えば、一方に著しく不利な契約内容であったりすると無効とみなされる可能性はあります。
また、夫婦間には、お互いを扶養する義務があり、これは強行法規とされております。
そこで、扶養されなければならない状況に一方があるにもかかわらず、収入のある者が扶養義務を負わないようにする契約をしても、これは、強行法規違反ということで認められないことになります。
ほかにも、婚姻解消時である一方の死亡時における生存者側の相続の放棄の契約や離婚時に不公正な結果を生じるような財産分与の放棄の契約なども効力が及ばないと解されています。
登記が必要なのか
夫婦財産契約は登記ができることになっています。
民法第756条は、「夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の届け出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない」と登記を前提とした定めをしているからです。
夫婦当事者間においては、登記をする必要がないのですが、一方が死んだ場合のいわゆる法定相続人や取引相手の第三者に対して、夫婦財産契約の内容を主張するためには、登記が必要になるということです。
なお、不動産登記と夫婦財産契約登記のいずれが優先するのかという論点があります。
夫婦財産契約において、一方が婚姻中に同人名義の取引で得た財産は共有とするという内容にしたところ、不動産取引では、一方のみで購入したため、不動産登記は共有でなく単独名義になっているという場合などが考えられます。
夫婦財産契約では共有扱いとなりますので、これを不動産登記に優先して主張できるかという問題ですが、一般論として、不動産登記が優先すると見られています。
婚姻中に変更はできない
いったん定められた夫婦財産契約は、婚姻中に変更することはできません(民法第758条1項)。
ただし、例外はあります。
夫婦財産契約で定めた財産の管理に関しては、定められた一方の管理者が不適任であれば、家庭裁判所に請求して、管理者を変更することができますし、当該財産が共有財産の場合、分割請求をすることができます(同条2項及び3項)。
結局、何ができそうなのか
上述したとおり、夫婦財産契約において、自由に定められるわけではなさそうなのですが、実際には、どういった使い道が考えられるでしょうか。
・婚姻に伴う夫婦の財産の帰属
民法の法定財産制は、夫婦の一方の特有財産を婚姻前に取得した財産か婚姻中に自らの名義で取引して取得した財産とし、それ以外の財産は夫婦共有の財産と推定する規定をおいています。
そこで、これに修正をかける内容が考えられます。
例えば、夫婦の婚姻前に取得した財産であっても共有とするというものです。
こういった発想とは逆に、いずれかの才覚によって得た財産を共有にしたくないのであれば、婚姻中に投資運用で得た財産であるとか、会社経営者の一方が取得する当該会社の株式などは、共有としないという内容にすることも考えられます。
・離婚時の財産分与について
上記と関連するのですが、離婚時の財産分与において、どの財産を分与の対象とするのかしないのか、明確に定めておくということが考えられます。
こうすることによって、離婚の際、経営する会社の株式を財産分与の対象とされて思わぬ代償を要するといった事態などが防げるようになります。
・離婚時の慰謝料の定め
離婚する際、夫婦間において有責配偶者の慰謝料額の算定でもめるということがあり得ます。
相場のようなものはあってないようなものですので、もめると裁判所の判断に委ねざるを得ません。
そこで、本来的な夫婦財産契約の内容ではないのですが、例えば不貞行為を原因として離婚に至った場合の慰謝料を一定額定めておきますと、それが有効に機能することが考えられます。
・別居時の婚姻費用の定め
別居に至った場合、夫婦間の収入の多寡により、一方がもう一方に婚姻費用を負担しなければなりません。
その際、婚姻費用をいくらにするかについては、高額所得者における標準算定表がなく、話合いが難しいことも想定されます。
そこで、夫婦財産契約にて、別居時の婚姻費用額を一定額に定めておくことが考えられます。
ただし、これも夫婦の扶養義務に著しく反する内容であれば無効とみなされることもあるでしょう。
・子どもにとって有利な養育費の定め
養育費は、子どもに本来帰属するものです。
したがって、夫婦財産契約において子どもの養育費の定めをしても、直ちに有効に機能するとは言えません。
ただ、その養育費の額が実際の子どもの養育費額よりも有利に設定されているのであれば、その規定は有効とみなされることがあると考えられます。
なお、解釈に委ねざるを得ない点が多い
上記のとおり、夫婦財産契約は、夫婦婚姻中の財産の取り扱いや離婚時における財産の分与方法など、法定財産制と異なる柔軟な内容の契約を結ぶことができるものです。
これは、夫婦間においても、契約自治の原則を反映させるものの一つだと言えます。
しかし、内容を契約で定めたからといって、これがなんでも自由で有効に機能するというわけでなく、一方にあまりに不平等であったり、その他法律の強行法規に反したり、子ども本来の権利を損なう内容であったりした場合、その内容が無効になるのは、繰り返しになりますが上述したとおりです。
そして、我が国においては、上述した民法の数少ない条文しかなく、行政において具体的な夫婦財産契約のガイドラインを示されることもないため、実際の契約事例も多くありません。
そのため、裁判例の蓄積も未だ不足している状況で、具体的に定めた内容が有効であるのかは、未知数の点が否めず、都度、解釈に委ねざるを得ません。
こういった点を十分理解した上で、夫婦財産契約を作成するのか、作成するのであれば、どのような内容にするのがよいのか十分吟味する必要があります。
※高額所得者をめぐる法律問題に関する別のブログは次のとおりとなります。
併せて、ご閲覧下さい。